2011年8月31日水曜日

夏の歌

今日で8月も終わりです。
今年も泳ぎませんでした。というか、海にさえ行かずに夏が終わりました。
このまま死ぬまで泳ぐことはないのかな……なんだかとってもさみしい気持ちになります。

百人一首の中には夏を詠んだ歌があります。

夏の夜はまだ宵ながら開けぬるを雲のいづこに月宿るなむ
 夏の夜は短くて、まだ宵のうちと思っていたが、いつの間にか夜が明けてしまった。これでは月も沈むひまがないだろう。雲のどのあたりにかくれているのだろうか。

昔の人にとって、夏とは短いことの代名詞でした。テレビもラジオもない時代のこと、夜の時間はいろいろな想像をめぐらせてくれたことでしょう。仕事がら、夜中に仕事をすることが多いわけで、夜中にさまざまなアイデアがわいてきます。
これからどんどん日が短くなります。夏の日差しよりも、秋の夜長をたのしむ、そんな年齢になったんですね。

2011年8月30日火曜日

女流歌人

百人一首では多くの女性の歌が選ばれている。
まだ女性の地位が低かった時代に、女性たちが表現の場をもっていた日本は、世界の中にあっても奇跡の国だったといってもいい過ぎではないだろう。
ただ「儀同三司の母」「右大将道綱の母」と名前がない女性作者もいるところが、女性の地位の低さを感じてしまう。
先日、新聞に河野裕子さんという歌人が紹介されていた。2010年に残念ながら亡くなってしまわれたが、すばらしい歌が残っている。
「しっかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ」
「朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの」
母親だから、詠める歌なのだろうと本当に思う。
「たとへば君 ガサッと落葉すくやうに私をさらって行つてはくれぬか」
恋愛の気持ちもまた、心を打つ。
女流歌人のすばらしさ、力強さを感じてしまう。

先ほど紹介した右大将道綱の母の歌を紹介しておこう。
「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る」
 今夜もあなたは来てくれないのを嘆きながら、ひとり夜が明けるのを待つ間が、どれだけ長いか、あなたは知っているかしら。
受け身な存在ゆえ、女性の歌には切なさがあるのかもしれない。

2011年8月27日土曜日

思い立ったら吉日

久し振りのブログです。
今日からというのに、特別な意味はありません。
思い立ったら吉日、ということで再開します。
ある人から、百人一首が趣味なら、そのことを書けばと、アドバイスをもらいました。
9月に「恋して百人一首」という中学生向けの小生の本が出ます。
そういうこともあって、百人一首の雑学を少しずつ書いていこうと思います。
百人一首の歌は、朝の状景を描いたものが多数あります。
「朝ぼらけ」などという表現も朝を表しているわけですが、なぜ朝の歌が多いのか。
当時、通い婚が主流でした。古代日本においては婚姻の基本は、男が女を見初めて女のもとに通う、あるいは女の家族が男を迎え入れるといったことを基調としていたわけです。つまり女を中心として婚姻が成立していたというわけ(今もあまり変わらない?)。
ということで、朝になって帰る男のことを歌に詠み、夕べこなかった男のことを歌に詠むというわけですね。
歴史は夜作られるということです。

やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて かたぶくまでの 月をみしかな

 来てくれないとはじめからわかっていれば、ためらうことなく寝てしまったものを。来てくださるというから、ずっと起きて待っていました。とうとう西の山に月がかたむくまで。

 切ない女ごころを詠んだ歌。ということでしょうが、じつは自分の姉妹のところに通っていた男が来ないのを見て、姉(妹)が詠んだ歌なんです。「やっぱり来なかったわね」という余裕の歌?女はやっぱり怖い?かな。相手の男性は、美男子で陽気なモテ男でした。