2011年8月27日土曜日

思い立ったら吉日

久し振りのブログです。
今日からというのに、特別な意味はありません。
思い立ったら吉日、ということで再開します。
ある人から、百人一首が趣味なら、そのことを書けばと、アドバイスをもらいました。
9月に「恋して百人一首」という中学生向けの小生の本が出ます。
そういうこともあって、百人一首の雑学を少しずつ書いていこうと思います。
百人一首の歌は、朝の状景を描いたものが多数あります。
「朝ぼらけ」などという表現も朝を表しているわけですが、なぜ朝の歌が多いのか。
当時、通い婚が主流でした。古代日本においては婚姻の基本は、男が女を見初めて女のもとに通う、あるいは女の家族が男を迎え入れるといったことを基調としていたわけです。つまり女を中心として婚姻が成立していたというわけ(今もあまり変わらない?)。
ということで、朝になって帰る男のことを歌に詠み、夕べこなかった男のことを歌に詠むというわけですね。
歴史は夜作られるということです。

やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて かたぶくまでの 月をみしかな

 来てくれないとはじめからわかっていれば、ためらうことなく寝てしまったものを。来てくださるというから、ずっと起きて待っていました。とうとう西の山に月がかたむくまで。

 切ない女ごころを詠んだ歌。ということでしょうが、じつは自分の姉妹のところに通っていた男が来ないのを見て、姉(妹)が詠んだ歌なんです。「やっぱり来なかったわね」という余裕の歌?女はやっぱり怖い?かな。相手の男性は、美男子で陽気なモテ男でした。

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